文・塚田 聡

『シューベルト』
喜多尾 道冬 著   朝日新聞社

シューベルト表紙

空気中に漂う音楽をつかまえて文章に置き換えてゆく。それはとても難しいことだと思います。

言葉にしたとたんに魅力も褪せてしまう。そんな脆く移ろいやすく、心の中で千変万化に感情に働きかける音楽。中でもシューベルトの音楽は、言葉や活字でその感動を伝えるのが最も難しい作曲家のように思います。

詩からリズムと歌を生き生きと紡ぎ出し、詩人の描こうとした深淵を音楽により描き切る。彼は言葉と常に対峙していた作曲家ですが、生み出された音楽を言葉に還元することは至難の技。器楽曲を含め、彼の書いた全ての作品には言葉にできない美しさと愛がぎりぎりの線で描かれているように思います。

喜多尾道冬が「即興曲」について描いた文章を一部引用します。

「D899とD935の各第三曲では、現実と非現実、理性と狂気とが入り乱れる、一種の美の惑乱状態が生じている。自分で正気の境界を踏み超える危険を察知していながら、現実の辛さを忘れるために、いわば麻薬の誘惑に身を委ねようとする。だからここには現実に踏み止まるか、美の惑乱の世界に溺れてゆくかという緊張した内面のドラマが隠されている。これらの曲は一見流麗な「歌」が横溢してはいるものの、作曲家は美の誘惑の危険を冷徹な目で凝視している。それでも彼はその危険との戯れをたのしむ心の余裕を失っていない。」
(シューベルト 喜多尾道冬著 朝日選書584のP.283より)

心の動きをみごとに描写した文章とともに、われわれも、これらの曲と迷宮に入り込んでしまうかのよう。このような視点でかの有名な「即興曲」を聴くとき、そこに孕む危うさを知り、めまいのような感覚を覚えることでしょう。

シューベルトの魅力に大いに開眼させられた1997年に発行された〈シューベルト 喜多尾道冬〉ですが、現在は絶版となっています。

シューベルト

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・・・管理人より・・・
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塚田 聡(つかだ さとし)
古典派音楽をこよなく愛するホルン奏者。フラウト・トラヴェルソを愛奏。
ラ・バンド・サンパ
古典派シンフォニー百花繚乱
シューベルト研究所
ナチュラルホルンアンサンブル東京