文・塚田聡

『 秘密諜報員ベートーヴェン』
古山和男著 新潮社



昔、青木やよひさんの「ボヘミア ベートーヴェン紀行 不滅の恋人の謎を追って」を後期のソナタを頭の中で鳴らしながら涙して読み、M.ソロモンで確信をもち、不滅の恋人はアントニエ・ブレンターノと結論を出して安心していたところ妻にすすめられたこの本は、不滅の恋人探しを根底から覆すものでした。

すすめられてもこの胡散臭いタイトルの本をなかなか手に取らなかったのですが、第1章を読むととたんに説得を受け、確信を得るに至りました。

確かに、時はナポレオンがロシア遠征に出かけていた1812年の夏、まさにその時。
温泉地テプリッツに貴族が避暑に出かけてゆったり過ごしていたのではないのです。

あらゆる手紙は守旧派にもナポレオン派にも検閲されていました。

ベートーヴェンはこの手紙を確かにブレンターノに送ったのですが、秘密警察の目をかいくぐるために恋文の体裁をとったもので、宛先はアントニエでもあり夫のフランツにでもあったのです。

恋文なのに鉛筆、きたない書きなぐり、謎のイニシャル。しかし確かに秘密文章として読むと全てに納得がいきます。

「不滅の恋人」とは誰か、それは「自由」なのです。Duを「自由(の女神)」と置き換えて読んでみろ、という本書、興味を持たれた方はぜひ読んでみてください。


塚田 聡(つかだ さとし)
古典派音楽をこよなく愛するホルン奏者。フラウト・トラヴェルソを愛奏。
メヌエット・デア・フリューゲル
ラ・バンド・サンパ
古典派シンフォニー百花繚乱
ナチュラルホルンアンサンブル東京